2018年12月10日

田中貴大、レノファ移籍に思うこと

天皇杯決勝の試合参戦後、埼玉高速鉄道乗車中に、下記のリリースを確認した。

【トップ】田中 貴大選手 移籍のお知らせ


天皇杯の結果を10%くらい忘れさせる文面を見たとき、レノファ山口の監督の顔を思い浮かべた。


霜田正浩氏である。



レノファの監督に就任する前、ベルギーのシントトロイデンVVでコーチをしていたが、その直前、


ブリオベッカ浦安のトレーニングを2週間だけサポートしていた。



指導者として「一意専心」選手に信頼される本質追究(2017年8月の日刊スポーツコラム)


熱を持っている大人(ブリオベッカ浦安・柴田峡監督) (ゲキサカ)




今にして思えば、浦安が、柴田監督・霜田臨時コーチという指導者に巡り合えたのは、本当に幸せだった。無理なことは承知だが、この首脳陣を再び浦安で見たい。


2人がタッグを組んだときの試合は、昨年7月、ホームのFC大阪戦だ。


FC大阪はJFLの強豪チーム。片や浦安は、前半戦15試合で勝ち点はわずか9。

遅まきながら、3週間前に監督を交代したばかり。試合前までの対戦成績は、当然のごとく浦安の全敗。


しかし、チームの弱点を補う準備をしてきた浦安は、FC大阪に決定機を作らせない。

右サイドのウィングバックでプレーする田中貴大は、相手陣内で、果敢に仕掛ける。その結果、右サイドが起点となり浦安が2得点を挙げる。

結果、浦安は、FC大阪から初勝利を挙げた。


その試合の観戦記
浦安SCのOBが大集合





浦安の田中貴大が、1番輝いて見えたのは、上記のFC大阪戦。

しかし、1番印象に残っている姿は、その2年前。浦安に移籍した直後のこと。


JFLに昇格する前の関東サッカーリーグ、ホームの浦安市陸で日立ビルに敗戦を喫した試合だ。


試合終了直後から、自分自身に苛立っているように見える貴大の姿は、昨日のように思い出す。おれの記憶が正しければ、試合後の観客のお見送りにも登場しなかったはず。


浦安が負けたときは、うなだれる選手が多いだけに、より印象に残った。



浦安に4年間在籍していたが、いろいろな出来事を思い出す。


・中盤が本職だったのに、右サイドでも左サイドでもオーバーラップで存在感を見せた田中貴大

・子どもたちから「貴大コーチ」と呼ばれる姿が、かっこよかった田中貴大

・警告をもらう光景が、恒例行事となってしまった田中貴大





今回の移籍は、カテゴリーが3つも上がるので、特進といえる。

しかし、能力を考えれば、スタート地点に戻っただけとも考えている。


レノファ山口は、パスをよく繋ぐサッカー。ただし、浦安ほどサイドに重点を置いていない。前線の攻撃陣は、とにかくスピードが速いので、それに合わせられれば、出場機会はあるはず(6月の vsファジアーノを現地観戦したときのイメージ)。


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おれ自身は、今回の移籍で寂しい感情なんて、一切湧いてこない。


田中貴大に対して、大きなサポートをしたなんて思っていないが、言いたいことは1つだけ。



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維新劇場を担ってくれ!!
posted by 東スポ(東小岩スポーツ) at 23:07| Comment(0) | 2018「魔境の関東」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする