2020年01月20日

フットサル独立リーグの応援見聞記

今年初のリーグ戦観戦が、フットサル独立リーグになるとは、想像もしていなかった。


暖冬となった1月の日曜日。おれは甲府駅にいた。日なたであれば、小春日和と言いたくなるような陽気だ。


そこから、とある人が運転する車に乗せてもらい30分。試合会場となった南アルプス市若草体育館に到着。


すでに、セントラル開催のリーグ戦は始まっていた。屋内なので、選手たちの声が大きく聞こえる。


この体育館は客席を有しており、全部で200人以上は座れる。


その一部で、スーツ姿の若者が15人程度いる一角がある。


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楽しそうに雑談していたが、おれには異様な光景に見えた。なぜなら、


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このリーグでは不釣り合いといえる鳴り物の多さが目立つからである。横断幕も多い。


ほどなくして、おれが途中から見た試合が終了した。次の試合は、大月短期大学 vs あのぼこ の対戦カードらしい。


そして、スーツ姿の若者たちが動き出す。


客席の前列に置いてある脚立の上に立った若者は、こう叫んだ。「大月短大の応援練習を始めます」。


すると、






体育館に応援の音が響き渡った。


鳴り物が苦手な人が、この体育館内に居合わせてしまったら、目まいや頭痛を起こしていただろう。



応援歌(チャント)を一通り歌ったところで、大月短期大学のリーグ戦が始まった。


この試合は、リーグ最終戦で残留争いが掛かっている試合である。


だとしても、








応援の音量は凄まじかった。


太鼓類、吹奏楽、どれもフルに活用している。Jリーグでもよく聞く応援歌があると思いきや、「死ぬ気でやれ」などラ〇スが作りそうな歌詞の歌もあった。


若者たちが発する大音量に乗って、大月短大の選手たちは躍動する。ゴールを量産。ゴールが決まるたび、脚立の上に立っている若者は、派手なガッツポーズを見せた。


応援のボルテージは上がる。あのぼこ の選手たちは、イージーミスを連発してしまう。


結果として、8−3で大月短大の勝利。大月短大の自動残留が決まった。


試合終了直後、選手たちが客席にやってきた。



選手も、スーツ姿の若者も、いい笑顔で雑談していた。





リーグ戦は終わったが、まだ独立リーグのカップ戦が残っていた。



試合時間は15分だけだが、さらに数試合見られるのは嬉しいことだ。



大月短大ではないチームの試合が行われるときは、選手の声が体育館に響く。


その間の若者たちは、雑談する人もいれば、応援グッズを作る人もいた。



リーグ戦が終わってから40分後、大月短大のカップ戦が始まった。


キックオフ直後、ピッチレベルに降りてみた。選手の声が一切聞こえない。(このリーグにはない役職だが)マッチコミッショナーが存在した場合、鳴り物使用を禁じた可能性が高い。



客席に戻った直後、おれのところに小学生2人がやってきて、試合のスコアを聞いてきた。(おれはスーツで髪をオールバックにまとめて、フチが目立たない眼鏡をかけていたにも関わらず)


まだスコアレスであることを知った小学生は、若者たちの近くに座って、しばらく試合を観戦した。


カップ戦初戦は、試合終了間際に imoroba が先制して、そのまま試合終了。



2試合目からは、おれも応援に混ぜてもらった。

大月短大がゴールを決めたときは、「昔のマリーンズのホームランテーマ」を歌っていたのだが、





オウンゴールで得点してときの選手コールは、おれだけ(ついつい)「ボーリック」コールをしてしまった。


応援をしていて感じたことは「たくさんの応援歌を作り、どれも演奏がうまい」ことだ。いたく感心した。



終盤まで大月短大がリードしていたのだが、主審と選手の意思疎通が合わなかった場面もあり、FUFUが逆転して試合終了。個人的な意見だが、意思疎通のできなかった要因は、「応援がすさまじかった」可能性もある。



カップ戦最終戦までのインターバルは、疲労の影響もあり、選手も若者も口数が少なかった。しかし、日章旗を6枚もつなぎ合わせた大旗を制作する猛者もいた。



カップ戦最終戦の試合開始前は、なぜか日本国歌をアカペラで熱唱。そして、応援は今までの試合と一緒。


試合序盤で大月短大のゴレイロとBebedorのフィールドプレーヤーが交錯するアクシデントが発生。フィールドプレーヤーはすぐに起き上がれなかったが、試合後は「ほとんど普通に歩いていた」ので、大事にならなくて何よりだった。


このアクシデントが影響してBebedorの選手は全員フル出場。1日で3試合こなした後なので、両チームとも選手は疲労している。そうなると、少し休める かつ よい個人技を持つ選手がいる大月短大は強い。

結果、大月短大が勝利。


最終戦を終えた選手たちは、客席のところに戻ってきた。


そして、脚立の上に乗った若者が締めのあいさつを行った。このあいさつを、端で背中を向けて聞いたおれは思わず「青春だな」とつぶやいていた。


その後、大月短大の選手とスーツ姿の若者たちは、記念撮影に映った。



その後、鳴り物や吹奏楽器、横断幕を片付けて撤収。


おれは、最寄りの無人駅まで車で送ってもらい、スーツ姿の若者たちと別れた。



無人駅の待合室に1人で座っていたおれは、何ともいえない気持ちになった。頭の中を整理しようとして、考えたことは、


・競技の進行の妨げになると思えてしまう応援を経験したこと

・応援の熱量がキッカケで子どもたちが寄ってきたこと

・フットサルの独立リーグでも、観客を増やせる可能性は大いにあること



これらの内容が頭の中で浮かんでは消えていった。










そんなおれが、甲府駅に着いてから、無人駅で1人ぼっちになるまで、ずっと思っていたことがある。


それは、


「眠っているときの夢をずっと見ているような気分」であることだ。



おれ1人だけ年齢が多い状況だったので、この感覚が抜けることはなかった。


昨日の経験は、このブログを書いている今でも不思議である。



こんなおれを温かく迎え入れてくれたみなさん(リーグ運営の方、選手、何よりクレージーな若者たちetc.)には感謝している。


またどこかで逢いましょう。
posted by 東スポ(東小岩スポーツ) at 22:47| Comment(0) | その他サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

2020年もよろしくお願いします

旧年中、みなさんにはお世話になりました。



昨シーズン、おれが観戦した試合を振り返ると、イングランドでの思い出が印象に残ります。



国内では、ブリオベッカ vs 法政大 の試合に対する悔しさを最初に思い出します。


次点は、アマチュア最強軍団の「いわきFC」相手に、少し本気で応援したこと@志布志。




リーグ戦については、「個人的にほぼ予想通り」の結果なので、全然悔しくありません。ただし、観客動員はもう少し伸ばしたいです。



昨年の試合を観て多くのファンは、「球団の現在地」「監督の采配に迷いが多々見られる」ことを理解したと思います。


したがって、今年のブリオベッカは、ほとんどのファンが好成績を期待していないでしょう(天皇杯関連を除き)





とはいえ、新年も贔屓チームのサッカーが見られそうなのは、ありがたいことだ。



昨年のように大杉漣の故郷で初日の出を迎えるようなことはしませんが、



体調がある程度回復した元日は、特急踊り子に乗り (この車両は来年3月まで)、
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西伊豆の土肥からフェリーで清水に渡った。
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2日は富士宮浅間大社に寄り、
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信州松本の深志神社で昨年の七夕の短冊を納めた(写真の短冊は、昨年7月6日にモンテサポが書いた願い事)。
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この後、麺州竹中でラーメンを食す。

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山梨県韮崎市のゲストハウスで1泊した後、浦安に向かい、

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ジャークチキンを食した。

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このように(!?)身軽な立場なので、チャンスがあれば、いろいろな「現場」に顔を出したいです。


今年は、仕事もある程度多忙になるため、ホームゲームに全試合行けないと思います。


それでも、東京五輪期間中は休める予定です。この期間にホームゲームを開催してほしいです。それが叶わない場合、2週間海外へ逃亡したいです。



まだまだ未熟な声出しですが、よろしくお願いします。


  非浦安市民のひとりより
posted by 東スポ(東小岩スポーツ) at 09:46| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする