2016年09月10日

カープ優勝! 「菊作り菊見るときは陰の人」

※ タイトルと菊池涼介は直接関係しません


今シーズン開幕前、特に印象に残っているカープの2試合をブログにアップした。


おれは、なぜカープが好きなのか?【思い出話】

カープの応援団長だった【かりべやすお】さん




【思い出話】に書いたことだが、初めて広島市民球場に足を運んだ試合で、サヨナラホームランを打ったのは
尾形佳紀


「劇的」という一言で片づけられない一撃を放った男は、この試合以降活躍できず2009年に戦力外通告を受ける。


と同時に球団からスカウトへの転身を打診され「関東地区担当」になった。


尾形佳紀が獲得してきた選手は、以下のリンクのとおり。

【カープ】田中広輔や鈴木誠也を担当した尾形佳紀スカウト/訪問先の指導者も厚い信頼を寄せる存在へ


鈴木誠也をドラフトで獲ったのも凄いが、田中広輔をドラフト3位で獲れたのは素晴らしい。


昔から機動力野球を掲げるカープで「1番ショート」は花形のポジション。


高橋慶彦、野村謙二郎、それに続くのは尾形佳紀になるはず、だったが、

試合中の大怪我で、はかない夢となった。

しかし、大怪我した男が、その穴を埋める選手をスカウト。田中広輔は、全試合1番ショートでスタメン出場して、チームを優勝へ導く。





実にカープらしい話だ



優勝する前に第一線から退いたという意味では、昨年まで応援団にいた「かりべやすお」さんもそう。エピソードのリンクを下記に示す。


【広島】緋鯉会“総代表”かりべやすお『応援団は、負けても「応援は楽しかった」と思わせるのが大事』【カープファン列伝】


カープの応援団「緋鯉会」総代表が活動を休止した理由とは?苅部安朗〜カープと歩んだ23年間〜



カープファンは爆発的に増えているが、応援団のみなさんの好影響があるのは確か。

やすおさんがいる間に優勝したかった思いはある。(特に2008年以降、プレーオフ争いの時期は、ファンが尋常じゃない声援だった。今より凄いかも)



みんなの積年の想いがある分、今日からしばらくは関東地方でも優勝関連のニュースが続くだろう。


でも、「おめでとう」や「ありがとう」はまだ言わない。

posted by 東スポ(東小岩スポーツ) at 22:01| Comment(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月04日

ルートインBCリーグ初観戦 群馬vs武蔵

このブログを見る人の中には、筆者のことを「サッカーオタク」と思っている人も多いだろう。

確かに、その一面もあるが、野球観戦をすることだって多い。

昔は、
広島市民球場へ行ったり夏の甲子園決勝も観戦した。


そんなおれが何の因果か、1週間前から「謎の肋骨痛」に襲われてしまう。
(ひどいときは、深呼吸をしたり、上半身を左右にひねるとズキンとする状態だった。大声を出すのは論外)

そんなこともあって、この休みは静養する予定だった。


そんなときに、「野球の独立リーグを観戦したことがない」ことに気づき、BCリーグの日程表を確認した。

5月3日に「城南野球場」で試合が開催されることが分かった。

ラミレスも在籍した「群馬ダイヤモンドペガサス」のホームゲームらしい。

そのチームのホームページを見ると、すぐに「球場情報」のページが見つかった。

城南野球場の欄には、こう書いてあった。


高崎駅徒歩10分

…かなり便利ではないか。この時点で観戦決定。



試合当日。

高崎駅から球場へ向かう途中に「焼きまんじゅう」を売っていたので、入手して野球場で向かう。

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球場へ着くと、露店も3店舗出ていて、なかなか賑やかだ。


チケット販売所といい、サッカーのJFLリーグと雰囲気が似ている。

入場すると、選手とファンがキャッチボールをしていた。JFLよりも牧歌的。

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試合前には、スポンサーの挨拶まで行われた。

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おれは、群馬の監督「平野 謙」(黄金期西武の2番)と武蔵の監督「小林宏之」(ロッテの先発を長年務めた)ばかり追っていたが…

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試合が始まる。

選手のレベルは、むちゃくちゃ高いわけではないが、一生懸命やっているのは伝わる。

ただ、独立リーグレベルの中で、1人だけ「クレイジー」がいた。

昨年オリックスにいたカラバイヨだ。

一昨年も群馬にいたが、そのときは30本塁打を46試合目で達成している。


この日も、バックスクリーン直撃のホームランを放った。格が違う。

群馬応援団も大盛り上がりだ。

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そんな群馬応援団も、ラッパ、スネア、和太鼓など鳴り物を多く使ってスタンドを盛り上げていた。

試合前には「選手応援歌の歌詞カード」(原曲はどれも分かりやすい) を配っていたり、手すりに張り紙をしたり、「みんなで応援しよう」とする雰囲気づくりに一役買っていた。

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でも残念ながら、一番印象に残ったのは武蔵応援団が「アルプス一万尺」原曲で「これから始まる武蔵の攻撃、何点入るか分からない」を歌いまくったイニングで、ノーアウトからいきなり4連打で大量点を奪ったことである。(武蔵の応援団も川崎球場みたいで面白かったけど)

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試合後は、選手がファンを見送っていた。選手はサインや写真撮影に笑顔で応じていたが、平野 謙監督や 松沼 雅之コーチまでいたことには驚いた。


今後は、プロ野球3軍との交流戦を観てみたい。讀賣だと、橋本到や西村健太郎がいるし。

posted by 東スポ(東小岩スポーツ) at 09:42| Comment(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月14日

「自然発生型」応援が好きになったキッカケ

 スポーツの応援スタイルについて、大ざっぱにいえば、

「コアサポ型」「自然発生型」分類できる
(byハトトカ氏の考え)


 コアサポ型→応援をリードする人がいて、みんながそれに合わせて応援する型

 自然発生型→応援をリードする人はいない。誰かが勝手に応援を始めて、みんなが自然と応援する型



 おれは、数百試合のスポーツを観戦しているから、どっちの応援も経験している。

 
 「ファンの応援が1番凄かった試合は?」と聞かれることもあるが、現地観戦した中で1番凄かった試合は、



2007年8月22日 夏の甲子園決勝 広陵vs佐賀北である。

両チームの戦力を分析すると、

 広陵は、「言わずと知れた名門」でスタメン9人のうち、将来5人がプロ入りする。
しかも、ピッチャーの野村は明大を経て、ドラフト1位で広島に入団
キャッチャーの小林も大学社会人を経て、ドラフト1位で讀賣に入団


 一方の佐賀北「ふつうの公立高校」で、将来プロ入りする選手はいない。
 
 それどころか、1年前の成績は、「地区予選1回戦負け」だった。




 これだけの戦力差が示すとおり、広陵が試合を優位に進める。

 広陵は、2回表に2点先制する。その後もチャンスを作るも、佐賀北の素晴らしい内野守備があり追加点は奪えず。

 広陵の先発投手 野村は完璧なピッチング。許したヒットは、3回の1本だけだ。

特に6回裏 佐賀北の攻撃は1番から始まる好打順だったのに、三者三振

 直後の7回表に、広陵はピッチャー野村のタイムリーで2点追加




 4−0で広陵がリード。

 報道記者は「広陵優勝」の原稿を作成し始める。

 多くの記者が、記事を書き上げた時点で、佐賀北に残された反撃のチャンスはあと2イニング


 8回裏 佐賀北の攻撃は、先頭打者が三振に倒れる。

 広陵は、優勝まであとアウト5つ


 しかし、次打者の久保が、ボテボテの当たりながら、ヒットを放つ。

 3回以来のランナーが出た。

 ここで、佐賀北は9番馬場崎に代打新川を送る。

 ファーストスイングで、一・二塁間を真っ二つに抜くヒットを放つ。


 ここの時点で、甲子園球場の雰囲気が変わり、「ひょっとしたら」の空気が生まれ始める。

 1番辻の打席から、スタンドの様子が変わった。応援を強制している人はいないのに。

・1塁アルプススタンド以外は、手拍子で応援する人が、どんどん多くなる。

・ボールカウントが1つ増えるだけで、大声援が起こる。



 カウントが2ストライク3ボールになった時点で、ピッチャー野村がタイムをかけて、間を置いた。

 
 おれは、この時点で「逆転するかも」との思いが頭をよぎった。

 1球ファウルで粘った後、フォアボールで出塁。1アウト満塁。


 このとき、「甲子園の魔物」が姿を現した。




 おれはレフトスタンドで観戦していたが、3塁アルプス応援席の鳴り物がよく聞こえないほど「自然発生型」の応援が凄かった。甲子園球場は「異様な空気」を生んでいた。

 
 2番井出が打席に入る。1回もバットを振らずに、カウントは、1ストライク3ボール。

 次の球もボールを判定され、押し出し。佐賀北が3点差に詰め寄る。


 この打席の判定については、誤審という風潮がある。

 しかし捕手の小林は、低めのボールを捕るとき、ミットを10cm以上は動かしている(YouTube等の動画でも確認できる)。

 野村の投球にキレが無くなっていた。

 そうでなければ、代打がファーストスイングで、クリーンヒットを放つことはない。

 
 この事実に、気が付いていなかった。選手も監督も。

 広陵サイドが冷静な判断をできないほど、「甲子園の魔物」のパワーは凄まじかった。


 なお、1アウト満塁で迎える打者は3番副島。

 甲子園に出場するまで、公式戦でホームランを打ったことがない。



 カウント1ストライク1ボールからの3球目。

 高めに浮いたスライダーを強振。



 打球は、レフトスタンドの中に消えた。



 逆転満塁ホームラン。



 甲子園球場全体が狂喜乱舞。


 おれの座席の横の通路を係員が駆け下りる。ホームランボールを回収するためだ。

 
 そんなことを気に留めないほど、レフトスタンドは、ハイタッチや抱擁の嵐だった。
 

 結局、この後スコアは動かずに試合終了。佐賀北の大逆転優勝で幕を閉じた。


 広陵vs佐賀北のスコア


 
 今になって思い出しても、当時のスタンドは異様だった。


 スター選手がいない甲子園で「野球を知っている」ファンが「一方のチーム」に肩入れした結果、劇的な結末を導いた。

 この日以降も、数百試合のスポーツを観戦しているが、当時の雰囲気を上回る場面に遭遇したことはない。



 この試合がキッカケとなり、「コアサポ型」よりも「自然発生型」の応援が好きになった。
posted by 東スポ(東小岩スポーツ) at 08:00| Comment(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする